NTTドコモがソニーと韓国サムスン電子の2端末に集中する「ツートップ戦略」を採用してから、もうすぐ2カ月。米アップルの「iPhone(アイフォーン)」への対抗策だったが、顧客獲得には期待したほどの結果が出ていない。国内携帯電話メーカーの間にはドコモの非情の決断に嘆きの声が広がり、「ドコモ離れ」の動き...
NTTドコモがソニーと韓国サムスン電子の2端末に集中する「ツートップ戦略」を採用してから、もうすぐ2カ月。米アップルの「iPhone(アイフォーン)」への対抗策だったが、顧客獲得には期待したほどの結果が出ていない。国内携帯電話メーカーの間にはドコモの非情の決断に嘆きの声が広がり、「ドコモ離れ」の動きも出てきた。
■サムスン優位は許せない
ドコモ本社と目と鼻の先の経済産業省。梅雨に入ったころからか、本館3階の商務情報政策局に、富士通やNEC、パナソニックなど国内メーカーの渉外担当幹部が顔色を変えて駆け込むようになった。
「ソニーはともかく、サムスンを優位にするような戦略は許されるのでしょうか」
「これ以上苦しくなったら、我々の立場がなくなってしまいます」
多くは、国内の携帯電話ビジネスの頂点に立つドコモへの注文や批判。ソニーの「エクスペリアA」とサムスンの「ギャラクシーS4」の2端末だけ、値下げ原資の販売促進費を手厚くするドコモのツートップ戦略への不満だった。通信行政を司る総務省と協力してドコモに路線修正を働き掛けてくれるよう、懇願するメーカー担当者までいるという。
ドコモ社長の加藤薫がスマートフォン(スマホ)のツートップ戦略を発表したのは5月15日。夏商戦向けの新製品発表会では、ソニーとサムスンの2機種の価格を大幅に下げる販売戦略にばかり注目が集まった。一方、いわゆる「ドコモファミリー」の主要メンバーであるNECやパナソニックなどの端末は脇役に終始した。
加藤は発表会後、記者たちに取り囲まれると、「端末メーカーとの間に特別な関係はありません」と言い放った。まんべんなく販促費をばらまく発想を捨て、たった2つの端末に集中するツートップ戦略。選ばれなかったメーカーには残酷な結末だけが待っていた。
東京都内のビジネス街にあるドコモショップ。店頭で目に入るのは、「ドコモのツートップ」と大きく書かれたポスター。掲載された端末はサムスンとソニーの2機種だけ。スマホの新モデル売り場の半分近くを2機種の宣伝スペースが占め、最も目立つ位置に専用棚が与えられている。そして、ツートップ以外の端末より3万円近く安かった。
■「ツートップ戦略は絶縁状」
「ツートップ以外は相当つらい」。ある販売代理店関係者は6月に入ってすぐ、こう漏らしていたが、結果はすぐに出た。6月末までのスマホ販売台数はソニーとサムスンの主力2機種で合計123万台に達したが、ツートップから外れたパナソニックとNECはそれぞれ1万5000台、1万台ほどにとどまったという。
当然、ドコモと端末メーカーの間には、すきま風が強く吹き始めている。
「何も聞いていないですよ。今も、相手さんとは開発を続けているのですが……」
6月末、「パナソニックが今冬からドコモ向けスマホの供給見送りを検討」とのニュースが流れると、あるドコモ開発部門幹部はクビをかしげた。まったく寝耳に水の話だったからだ。
このドコモ幹部は「昔は相当早い段階から根回しがあったが、今や、情報をとるなら経産省の方が早いくらいだ」と打ち明ける。NTTグループの司令塔であるNTT(持ち株会社)の社内にも、そっけない見方が漂う。「どうせ支援もできない。事前に相談されたって困るだけだしなあ」
店頭に張られた「ギャラクシーS4」と「エクスペリアA」の販売促進用ポスター(東京都千代田区のドコモショップ秋葉原UDX店)
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店頭に張られた「ギャラクシーS4」と「エクスペリアA」の販売促進用ポスター(東京都千代田区のドコモショップ秋葉原UDX店)
端末メーカー側も、嘆いているばかりではない。
「サンプルも出したくない。ツートップは我々への絶縁状でしょ」。あるシェア下位のメーカーでは、新製品に関する事前情報を必要以上にドコモに伝える慣習をとりやめることを決めた。ドコモファミリーの主要メンバーながら、ドコモを通さず、大手スーパーのブランドをつけた「PB(プライベートブランド)携帯」を売るプロジェクトを水面下で進める企業も出てきている。
反発心から生まれたドコモ離れの兆し。ドコモを頂点とした携帯電話ビジネスの産業ピラミッドは崩壊寸前だ。
■幻の「日の丸連合」
ドコモが携帯電話サービスを開始したのは1987年。NECや富士通など「旧電電ファミリー」とともに携帯電話を育てていった。ドコモが独立して急成長していくと、それらのメーカーはドコモファミリーと呼ばれた。各社の端末にそれぞれの特色が出るよう、ドコモが細かい仕様まで手取り足取り指導し、価格戦略もサービスも決めた。すべてがドコモの手のひらの上で動いていた。
ところが、iPhoneが登場すると、一変する。ハードやソフト、サービスの「エコシステム(生態系)」まで自らつくるアップルが世界を席巻。ドコモの携帯ピラミッドは時代遅れになった。国内メーカーの多くも、「ガラケー」と呼ばれる従来型携帯電話での成功体験から抜け出せない。スマホにかける開発費も圧倒的に少なく、アップルやサムスンに追いつけるはずがなかった。
あるドコモ幹部は、打ち明ける。
「ツートップ戦略が最後の引き金かもしれないが、すでに勝負はついていた。日本メーカーのものづくりを支える余裕は、もはやドコモにはないんですよ」
最先端のハイテク技術を詰め込んだ携帯電話ビジネスの裾野は広く、ドコモの変心の余波は想像以上に大きい。一昔前なら誕生していたかもしれない半導体の「日の丸連合」構想も今春、日の目を見ないまま、消えていった。
携帯電話向け半導体の事業統合――。主役は、ドコモファミリーの中心メンバーである富士通、そして官民ファンドの産業革新機構の下で再建中の半導体大手ルネサスエレクトロニクスだった。
富士通がルネサス傘下の携帯向け半導体子会社を買収するスキームに、富士通社長の山本正已も乗り気で、自ら機構を訪ねたほど。2社が力を結集すれば、圧倒的な存在感とシェアを誇る米クアルコムに対抗できるのではないか、という計算が働いていた。ところが、機構は富士通の申し出を軽くあしらったという。
ある交渉関係者は、機構が「日の丸連合」の話を袖にした理由についてこう解説する。
■国内チャンピオンの憂鬱
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「ドコモが圧倒的なコスト競争力と性能を誇るクアルコムをあえて外す理由がない。いくら富士通とルネサスが一緒にやっても、肝心のドコモからの発注が増えなければ、黒字化への道筋は見えないでしょ。だから、機構は後ろ向きだった」
機構は、ドコモの調達方針が国内優先に戻ることはないと読み、「日の丸連合に勝算なし」と考えたのだった。半導体など基幹部品の開発から端末生産まで日本勢が一気通貫で手がけた「日の丸ケータイ」は完全に過去のものになってしまった。
今も、ドコモそのものは約4兆5000億円の売上高を誇り、8000億円を超える営業利益を稼ぎ出す。日本を代表する優良企業だ。しかし、もうここ数年は売上高も利益も横ばい。6年に及ぶ継続的な顧客流出にも見舞われている。
ドコモは、スマホ時代を象徴するiPhoneを扱っておらず、2012年度には解約が新規契約を上回った月が2度もあった。番号をそのままに通信会社を変更できる番号持ち運び制度(MNP)が2006年に始まって以来の屈辱だった。iモードが大ヒットしていたころは6割の圧倒的シェアを誇っていたが、今や5割を切って、4割強がやっと。背中にソフトバンクとKDDIが迫る。
世界市場を見れば、ソフトバンクが米スプリント・ネクステル買収で、売上高や契約数でドコモを追い抜く。ドコモは今も「国内チャンピオン」かもしれないが、世界ランキングではソフトバンクの方が格上になってしまった。
苦しいのは端末メーカーだけではない。ドコモも、もがいている。
■タイゼンまでは面倒
新興IT(情報技術)会社が集まる東京都渋谷区。「ビットバレー」と呼ばれる街にドコモの関係会社の担当者が最近、足しげく通うようになった。
携帯用アプリの開発が主力の中堅ソフト会社の幹部は、6月に面会したドコモ側関係者が口にした話に隔世の感を覚えたという。
「(米グーグルの)アンドロイド向けにアプリを出したら収益の3割取られます。だけど、我々のタイゼン向けなら1割弱で済みますよ」
タイゼンとは、サムスンや米インテル、そして日本勢ではドコモが普及させようとしている新型OS(基本ソフト)。ドコモの担当者によると、セールスポイントの一つが、「アプリを提供する側のソフト会社に払ってもらう手数料が割安だ」ということ。だが、話を聞いていると、「OS自体はアンドロイドとの違いがあんまりない。大きく育つOSではないなあ」という印象しか残らなかったという。
ドコモは年末にタイゼンを搭載したサムスン製スマホを発売するため、タイゼン向けのアプリを急いで集めようとしている。タイゼンは「アンドロイドよりドコモの独自サービスが盛り込みやすい」(ドコモ幹部)とされるが、iPhoneの「iOS」やアンドロイドを追いかける「第3のOS」にすぎない。
ドコモは、ソフト会社側に有利な条件を出してまでタイゼンの普及を進めようとしているが、ドコモの一言でソフト会社が右から左へ動くことはもはやない。ドコモ自身、iPhoneへの対抗策としてタイゼンに本腰を入れているのか分からなくなるような事態まで起きている。
■遠ざけられた反対派
ツートップ戦略の発表を5日後に控えた5月10日。ドコモが発表した6月18日付の役員人事に、KDDIなどライバル社の幹部たちの目がくぎ付けになった。
その注目人事は、ドコモ社内で「iPhone導入反対」の急先鋒(せんぽう)だった取締役、永田清人の異動。アップルに背を向け、国内勢やサムスンとの協業をリードしてきたが、関西支社長に任命された。裏を返せば、東京の本社から遠ざけられたのだった。
永田はタイゼンのプロジェクトも率いてきたため、「ここにきてタイゼンより、iPhone導入に備えて布陣をしいたのではないか」という臆測が一気に広がった。それでなくても、以前から「タイゼンは保険。アンドロイドに傾倒しすぎていて、何か障害が出た場合に備えてドコモが開発している」(ライバル社首脳)という見方がくすぶっていた。
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そして、NTTグループの一部では今、こんな数字がささやかれ始めている。
「3・5・2」――。それは、ドコモの取り扱い携帯電話のポートフォリオ(比率)であるという。あるNTTグループ関係者は「順にiPhone、アンドロイド端末、タイゼン端末の割合。すべてがうまくいけば、という前提だけど」と付け加える。アップルが携帯電話会社に要求する「販売ノルマ」は高く、アップルがのむかは分からない。しかし、こんな話が出てくるほど、ドコモは手詰まりになっている。
■1年目はツートップ、2年目の決断は
ツートップ戦略のスタートから1カ月が過ぎた6月下旬。あるドコモ幹部が販売データを見ながら、首をひねっていた。
「期待したほど止まってはくれないなあ」。ソフトバンクやKDDIがiPhoneに販促費を集中投入したこともあり、ツートップの端末は売れているのに、ドコモ全体で顧客流出が止まる気配がなかったからだ。
実際、6月のドコモの契約件数は、新規契約から解約を差し引いた件数が5900件のマイナスとなり、5カ月ぶりの純減。MNPも転出超過が14万6900件に達した。ツートップ戦略を打っても、沈滞ムードから抜け出していない。
「メーカーとどうのというよりは、ユーザーにとってベストなラインアップにしたい」。1年前にドコモの社長に昇格した加藤は将来の端末戦略について「ユーザー最優先」のスタンスを訴えていたが、ツートップ戦略が最終的な答えなのだろうか。
そもそも、難問が残っている。
今まで通り、iPhone抜きで再浮上を目指すのか。それとも、遅ればせながらアップルと手を組むのか。
アップルは時計型の「iWatch(アイウオッチ)」、グーグルはめがね型の「グーグル・グラス」といった新型端末の投入に動いているとされる。「21世紀のヒット商品」といえるiPhoneも、旬(しゅん)の季節は過ぎているのかもしれない。ならば、アップルのスタンスも変わっているのだろうか。関係者によると、「ドコモとアップルの交渉では、NTTの特許開放などをアップル側が要求したこともあったが、今や焦点ではない。残る条件は数量だけになった」という。
ファミリー解体につながる端末の選別は、ドコモの歴代社長が決してとらなかった選択肢だった。そんな非情の決断を就任1年で下した加藤を、次の決断が待っている。
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